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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】ファンの前で醜態!? 初GI出場での恥ずかしエピソード (1/2ページ)

 ■初めてのGIでの失敗

 佐賀県のボートレースからつでの初優勝から一生懸命練習を続け、ようやくGIレースのあっせん通知が届く技能レベルに到達できました。GIはレーサーのあこがれであり、目標のレース。さらに上のSGレースに挑戦するにも通らなければならない関門です。

 私の初のGI出場は東京のボートレース江戸川でした。そこで少しプロとしては恥ずかしいエピソードがありました。そういう失敗も乗り越えてきたということでご紹介します。ボートレース江戸川は川の中にコースを設けていますから、終日水面に流れがあります。風との相乗効果で秒速1~2メートルも流れてしまうときもあります。

 そんな流れの強いとき、私は1号艇として出走しました。スタート練習、続いて展示航走を終えピットに帰投し着岸しようとモーターを停止したとき、艇がピットに届かず再びレースコースの方へ流されていく事態となりました。焦ってモーターを始動しようとしますが、なかなかできません。ファンの皆さんの目の前で、エンジンと悪戦苦闘しながらスタートラインのある大時計前まで流されたところで、ようやくエンジンが動きました。そうして艇を再びピットへ向けてやっと帰投できたのです。

 初めての大舞台での失敗も経験し、ボートレース江戸川から全国のGIレースへ出走していくことになりました。当時は、私はたとえ1号艇であっても外のコースからスタートするレーススタイルを守っていました。新人レーサーの頃は、枠番通りのコースではなく外にまわることについて、何も不思議とは思いませんでした。外コースからのレースを覚えて、経験を積みながら徐々にセンターコース、内側コースへと入っていくのが伝統だったからです。

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