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元大洋・高木豊氏、プロ野球OB初のYouTuber挑戦の苦労 (2/2ページ)

 高木が続ける。

 「僕らはグシャグシャになればいいんですよ。新しい解説者をフレッシュなりんごに例えるならば、僕らは腐りかけたりんご。ただその腐りかけたりんごでも、ミキサーにかけてジュースにすれば旨味も増して美味しくなる。つまりその人の価値はどこにあって、どう求めたらいいのかの問題なんです。そう思えば、プライドや固定観念なんか邪魔なだけ。人にはその時々で、美味しくなる方法があるんです」

 常に時代の変化を敏感に察知し、恐れずに認め、挑戦していく。それが自分の価値を見出し、継続していくモチベーションに繋がる。熟考を重ねた末に導かれた答えでもある。

 「球界では初のユーチューバーとして先駆者にはなりましたけど、本当の意味で一番にならないと価値が出ない。とにかく発想を変えたい。絶対に誰もまだやっていない、何かがあるはずなんです。今はそれを模索というか、調査している段階です」

 進化は遅いが、退化は速い。脱皮を繰り返して変化を遂げて成長していかなければ取り残されることを、プロ野球の第一線のトップで活躍し続けていた高木は、痛いほどわかっている。

 「どんどん会議をして意見を出し合わなくちゃダメですね。一番邪魔になる固定観念を頭から上手く外して聞き入れないと前に進めない。今は、頭がグシャグシャですよ」

 このグシャグシャから納得して生まれたものこそ、高木が真に望むものであるに違いない。

 たかぎ・ゆたか/1958年、山口県生まれ。中央大学から1980年ドラフト3位で大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。ベストナイン3回、盗塁王1回、プロ14年間で3割以上が8度の俊足巧打の名二塁手として活躍。3人の息子たち(俊幸、善朗、大輔)はJリーガー。

 ■撮影/山崎力夫、取材・文/松永多佳倫

 ※週刊ポスト2018年12月14日号

NEWSポストセブン

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