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矢野監督、被災地で決意「頑張ろうと思ってもらえるように戦いたい」 阪神大震災24年

 阪神淡路大震災から24年がたった17日、阪神・矢野燿大監督(50)が神戸市長田区で開かれた追悼行事『神戸震災復興フリーライブ2019』に参加した。

 震災当時、阪神は本拠地甲子園球場や2軍施設がある鳴尾浜が被災。当時のナインには、自主トレも十分に行えないまま2月の春季キャンプに突入した者もいた。そんな経緯から、これまで同地での行事には真弓明信、和田豊両氏も監督時代に駆けつけ、被災者に祈りをささげている。

 発生時刻12時間後の午後5時46分に参加者とともに犠牲者に黙祷(もくとう)した矢野監督は、「野球でしか元気づけられない。頑張ろうと思ってもらえるように戦っていきたい」と決意表明。渡された色紙には「一緒に頑張ろう」と記した。

 震災時は中日の選手だった指揮官は名古屋に住んでいたが、その後遠征で兵庫県内に宿泊した際、住宅の2階部分が崩れ駐車場の車がつぶされた様子を目の当たりにして衝撃を受けたことを振り返った。

 この日は震災時に神戸市を本拠地にしていたオリックスが舞洲バファローズスタジアムで、サッカーのJ1神戸がいぶきの森球技場(神戸市西区)で選手、フロント陣が亡くなった6434人の冥福を祈った。

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