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【元巨人 クロマティが斬る】私が愛したバブル期の「六本木」と「音楽」 東京五輪はコーチとして日本に恩返しを (1/2ページ)

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 私が1984年に初来日してから30年あまり。東京は変わったか?

 答えはもちろんイエスだ。日夜変化している。30年前に私の拠点だった六本木も、超高層ビルが増え様変わりした。

 私は六本木を心から愛していた。バー、レストラン、ナイトクラブ。元旦以外、1日24時間フルに動いていた。あのバブルの時代には、街のエネルギーが皆をノックアウトしていた。ディスコ『レキシントンクイーン』にはよく通った。大物映画俳優が出入りし、個室もあった。

 巨人在籍中、「Climb」(クライム)というバンドを結成。私はドラムを叩き、アルバムも作った。音楽プロモーターの有働誠次郎氏(ウドー音楽事務所社長)と知り合い、彼を通じて来日した多くのビッグネームと知り合った。ルー・グラント、エリック・クラプトン、エルトン・ジョン。ダリル・ホールが武道館コンサートの直前、くるぶしを痛めたときにトレーナーを見つけてあげたこともある。

 再来日後、六本木交差点近くで客引きに間違えられて警官に呼び止められたこともある。自分が誰であるか説明した後、その警官は「オー、クロさんか」と言って私のスイングをまねた。

 最近私は、できるだけ東京都内の観光をするようにしている。昨年初めて東京タワーにのぼった。京都にも行った。いずれ富士山にも行ってみたい。登る気はさらさらないが、間近で見たいと思っている。

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