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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】実績出ない時期は誰にでもあり、いつまでも続くものではない (1/2ページ)

★スランプ克服法(2)

 大活躍したおかげでファンから「艇王」「不死鳥」などというニックネームをつけられた植木通彦氏だが、スランプに陥った時期もある。その時期に必死に頑張れたのも、そんなニックネームをつけてくれたファンの思いに応えたい一心だったという。

 特に大きなスランプといわれた時期は、1997年5月に優勝したボートレース常滑のSGボートレースオールスター(笹川賞)から、2001年6月のボートレース唐津のSGグランドチャンピオン決定戦優勝までの約4年間でしょう。

 この間にも、それぞれの年末のSGグランプリ出場をはじめいくつかのSGに出場し優出もしましたが、優勝することだけはできなかったからです。

 このスランプは、特に「艇王」としての重圧というか、ファンの期待の大きさからくるものだと思っていました。ですが、この「艇王」というニックネームのおかげで、私の能力を超える120%のレースができたのも事実だと思っています。同時に「不死鳥」「フェニックス」ともいわれていた私は、必ずやこのスランプ期間に終止符を打ち、ファンの皆さんに良い報告ができるように、日々自分に言い聞かせていました。これらのニックネームに応え、不死鳥のように復活しようと考えていました。これもまた、頑張れた要因の一つだと思います。

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