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【清水秀彦 そういうことだろ~】震災から8年…ベガルタ仙台は奮起せよ! サッカーの力を改めて見た「3・11」 (1/2ページ)

 --3月ですし、改めてお聞きしたい

 清水「東日本大震災のことだな」

 --はい。実は清水さんは2011年のあの日、仙台市内で被災し、約1週間避難所生活も送っている

 「一生忘れることはできないね。あの日は、子供たちのサッカー教室(ベガルタ仙台監督=1999年8月~2003年9月=を務めた縁で開設)へ車で向かっている途中だった。仙台港手前で、すごい揺れがきた。地震か…と思ったんだけど、地元の人たちが『津波が来る』『とにかく逃げろ』とすごい形相で叫んでいた。黒い雨とかも降ってきたんだぜ。地震の前はいい天気だったのに、天気まで急におかしくなった」

 --当時、地震=津波というのはなかなか結びつかなかった

 「関東出身のオレからすると、地震が来たら、まず火の元とか、そういう話じゃない? でもあの日はみんなが津波だ、ヤバイと口々に言っていたから」

 --避難所では

 「食事よりも水がね、本当に大変だった。当たり前に生活していたことがすべてダメになったからね。蛇口をひねっても水は出ない。自販機はあるが、電気が通じていないから買えない」

 --子供たちも数多く避難していた

 「いたさ…やることがないだろ。そこでさ、子供たちが最初に外で始めた遊びが、サッカーだったんだよ。それを周りのお年寄りたちがみんなで応援してね。感動した。サッカーの力を改めて見た気がした」

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