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“令和の怪物”大船渡・佐々木朗希、練習試合に先発 対戦打者は仰天!「150キロマシンより速い」 厳戒態勢現地ルポ (3/3ページ)

 岩手県沿岸部の17歳が高校史上最速の163キロをたたき出したという事実は、人口3万6234人(3月末現在=同市公式ホームページより)の小さな市に大きな衝撃を与えた。

 よくよく聞いてみると「みんな取材されることに慣れていないから、下手なことを言うと周りに変な目で見られて生活しにくくなる」。このあたりが地域ぐるみで佐々木を守ろうとする意識が強まっている要因なのかもしれない。

 大船渡のスポーツ少年団は「佐々木朗希君のように」を合言葉に盛り上がり、地域の少子高齢化にも関わらず入団希望者数が上昇傾向となっているという。

 佐々木は小学3年時の2011年に東日本大震災で被災。父の功太さん(享年37)と祖父母を亡くした上に、生まれ育った陸前高田市の自宅を津波に流され、大船渡市に移住した。大船渡市立猪川小、同大船渡一中を経て、県内外問わず野球名門校の誘いを断り、地元の球友と進学校の大船渡高で甲子園進出を目指している。

 それだけに大船渡市民の、佐々木と大船渡高野球部にかける期待は大きい。大船渡高にとって甲子園初出場の1984年春の選抜大会で県勢初のベスト4に進出し“大船渡旋風”を巻き起こしたときの1番打者、木下清吾さんは、いま主砲を任されている木下大洋外野手(3年)の父。清吾さんは勤めのかたわら外部コーチを務め、母校を支えている。他にも地元で仕事を持ちながら時間をみて後輩を指導したり、他校の映像収集をするなど地域一体で大船渡高を支える態勢が自然とできあがっている。

 全国そして世界へ羽ばたこうとしている佐々木は、地元復興のシンボルとして位置づけられているのかもしれない。

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