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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】思うようなレースができず迷走…喜べなかった1500勝達成 (1/2ページ)

★引き波(3)

 全盛期ほどの好調ぶりではなかったが、不死鳥は2005年には2年ぶり10勝目のSG優勝を成し遂げた。だが、それを境に06年にはさらに深い引き波にはまっていった。

 06年シーズンは、05年年末のグランプリでのトライアル2日目に転覆・帰郷という最悪の結果を引きずる形で始まりました。

 3月に開催されるSGボートレースクラシックから、10月開催のSGボートレースダービーまで、今までにないほどレースで実績を挙げることができませんでした。転覆などによるアクシデントで途中帰郷するか、転覆した後に、何とか最後の力を振り絞って最終日まで走り続けるというレースが続きました。

 当時「艇王」といわれていた私にとっては、ファンが期待するレースができていない、何とかしないといけない、何をどうすればいいか、などと悩む日々が続きました。そのために、レーススタイルを見直すと同時に、レースに使用するプロペラの形も思い切って変えたりして、レースでの実績を挙げるように努めていました。

 年末のグランプリ出場に向けてのラストチャンスとなる11月ボートレース丸亀(香川)で開催のSGチャレンジカップでは、思い切って新スタイルのプロペラで参加しました。結果は優勝戦には2号艇で出場したものの3着となり、この年グランプリ出場は果たせませんでした。2着までに入ればグランプリに乗れたのですが、いま一歩でした。

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