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オリックスが故・仰木監督をしのぶ「背番号72」デー 29日が誕生日 イチロー氏「僕を生き返らせてくれた」 (1/2ページ)

 オリックスの選手、首脳陣全員が29日の西武戦(京セラドーム)で背番号「72」のユニホームを着用。近鉄バファローズ、オリックス・ブルーウェーブ、オリックス・バファローズで監督を務めた平成の名将、故・仰木彬氏(2005年12月に70歳で死去)をしのぶ。

 仰木氏は黄金時代の西鉄ライオンズでの現役時代、知将で“魔術師”と呼ばれた三原脩監督のもとでプレーし、のちに“仰木マジック”と呼ばれる采配の基礎を築いた。

 現役を引退した前マリナーズ・イチロー外野手の“生みの親”でもある。1994年(平成6年)の開幕直前、当時ブルーウェーブ監督就任1年目の仰木氏は、前任者の土井正三氏が独特の振り子打法を嫌い起用しなかった「鈴木一朗」に、「イチロー」という登録名を与え、天才的な打撃センスを見抜いてブレークに導いた。イチローがこう語っているのも当然だろう。

 「僕は仰木監督によって生き返らせてもらったと思っています。監督はたとえ数試合安打が出なくても、根気よく使ってくれました。その監督に感謝するためにも、良い成績を残したかった」

 また、今年3月21日の深夜から日をまたいで行われた現役引退会見でも、オリックス球団側にポスティングシステムによるメジャー移籍を直訴するに当たって「仰木監督だったら、おいしいご飯でお酒を飲ませたらうまくいくんじゃないかと思ったら、まんまとうまくいって、これがなかったら何にも始まらなかった。口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかった」と明かし、「しゃれた人でした。仰木監督から学んだものは計り知れない」と愛情を込めて振り返っている。

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