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【時代を超える名調子】“怪物”松坂大輔、右腕のテーピングを「バリバリバリ…」 小野塚康之さんの“実況ポリシー”がぶち壊された瞬間 (1/3ページ)

 昭和、平成を通じNHKアナウンサーとして40年間、主に高校野球、プロ野球の実況を担当し、名物アナウンサーとして人気を博した小野塚康之さん(62)。今年3月にフリーに転身したのを機に、伝説の名場面、知られざる裏話などを、自身の名調子とともに振り返る。

 “試合の状況を広い視野で冷静に見つめて、的確な判断を基にゲームの行方を追う”

 これが40年近くかたくなに貫いてきた私の野球実況のポリシーだが、たった一日だけこの信念がぶち壊され、雰囲気に酔わされてしまったことがある。1998年(平成10年)8月21日、第80回全国高校野球選手権大会準決勝の横浜(東神奈川)対明徳義塾(高知)戦だ。

 「横浜奇跡の大逆転!」

 「マ・ツ・ザ・カ・ダ・イ・ス・ケが呼んだ勝利だ!」

 6点差を逆転し横浜がサヨナラ勝ちを決めた瞬間、地鳴りを伴うような大歓声に包まれた甲子園球場のバックネット裏で、私は絶叫し、涙がにじみ鼻水を垂らしながら、放送席のテーブルを両手のひらが真っ赤になるほど強くたたいた。

 なぜこうなったのか、振り返ってみると、それは前日の松坂大輔(現中日)へのインタビューから始まっていた。高校野球ファンならば皆さんご存じの、PL学園(南大阪)との延長17回の死闘の直後だ。聞き手としてマイクを向け、翌日について最後に質問した答えが「明日は投げません」だった。その一言を吐き出す表情は、250球完投の剛腕ではなく、雨にぬれた子犬のようにかわいらしく、声も弱々しかった。ここから心を揺さぶられ始めたのだった。

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