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【甲子園剛球列伝】東洋大姫路・松本正志、直球一本で勝負する「江夏二世」 バンビファン泣かせて全国制覇 (1/2ページ)

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 高校野球ファンは“判官びいき”だ。強大な力に立ち向かう選手(チーム)に声援を送り、相手は悪役にされる。

 1977年(昭和52年)夏の甲子園。かわいいマスクと細い体で「バンビ」と呼ばれアイドルになった1年生投手がいた。東邦の坂本佳一。決勝戦まで勝ち上がったが、3年生中心のコワモテ軍団、東洋大姫路が立ちはだかった。

 当時の東洋大姫路の厳しさは、全国でも有名だった。監督の梅谷馨、鬼瓦のような顔をした副部長の田中治(前監督)が鍛え上げた。現在、履正社の監督を務める岡田龍生はこの年の1年生部員。厳しさに耐えきれず、何度も大阪の実家に逃げ帰ろうとしたほどだ。当然、レギュラー陣もコワモテぞろい。

 エースの松本正志も、そうだった。「江夏二世」と呼ばれ、直球一本勝負でも抑えられる剛球左腕。入学時は制球が悪く「三振か四球」と冷やかされたが、毎日20キロの走り込みと300球の投げ込みで克服し甲子園に乗り込んだ。

 初戦は千葉商を4安打完封。次の浜田戦は点差が開き、7回に控えの宮本賢治(元ヤクルト)に譲った。ところが、宮本が最初の打者の打球を右手に受けて降板。再登板して9回まで無失点に抑えた。事実上の2試合連続完封だ。

 準々決勝の豊見城戦は3失点したが、準決勝では今治西をまた完封。この試合は右のNo.1といわれた三谷志郎との注目の投げ合いだった。松本は5回に打球を左足に受けて横転するアクシデントに耐え、延長10回を散発4安打に封じた。

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