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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】高校野球の“一球の悔い”がその後の人生に大きく影響 (1/2ページ)

★ボートレーサーを志す(2)

 不死鳥は父親の経営する会社が経営不振に陥ったので家計を助けるためにボートレーサーを志した。当時高校2年生で高校球児としては最後の秋季大会のラストゲームで、印象的なエピソードがあった。それは、不死鳥が周囲の反対にもかかわらず、レーサーへの道へ自らの意志を貫いた原動力となったのかもしれない。

 私のボートレーサー養成所入所は10月でしたので、それまでやっていた硬式野球では秋季大会が最後の公式試合となりました。対戦相手は県内でも強豪校の直方学園でした。9回まで6対1か7対1で負けていたのを、9回表で同点に追い付き、結果的には9回裏にホームランを打たれて負けたというドラマチックな試合を経験しました。

 この試合での唯一の後悔は、追い付いた9回表のことでした。ツーアウト2、3塁で4番を打っていた私に打順が回ってきたのです。自分が決めなければいけない場面なのに、ツー・スリーからきわどい球を見て、フォアボールを選んでしまい、後続打者が三振して勝つチャンスを逃してしまいました。

 結果論ですが、これが最後の試合という思いや、4番を打たせていただいている期待に応えなければいけなかったので、ファウルで逃れながら次の球で勝負すべきだったのではないか。今振り返っても若干悔いが残っております。

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