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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】レーサーデビュー(1) 写真判定で僅差の2着…初賞金は家族に手渡し (1/2ページ)

 ボートレーサー養成所で1年間の研修を終えた不死鳥は国家試験に合格、1986年10月6日にレーサーとして登録され、プロデビューを迎えることになった。

 当時はデビューしてから自分の居住地近くに住む先輩にアドバイスを受けたものです。私は友永正照さんという先輩にいろいろ教えていただきました。特にレースに対する心構えを指導していただき、ターンの練習なども見ていただきました。先輩レーサーとの練習は、やはりプロ経験者ということで厳しさを感じました。

 一方、福岡県出身の同期59期生には今村暢孝さん、崎野俊樹さんがいて、よく県内にあるボートレース福岡、ボートレース芦屋、ボートレース若松で、一緒に練習しました。あまりの練習量の多さで燃料の消費が激しく、レース場から制限をかけられるほどでした。

 私が一番若かったので練習への体力は問題ありませんでしたが、今村さん、崎野さんには少しハードだったかもしれません(笑)。今考えると、この時期に重ねた練習量のおかげで後のグランプリ優勝につながったのではないかと思っています。ただ、激しい練習だったので、事故にあわないように、お守り代わりの塩をビニールで巻いたものを首からかけて行っていました。

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