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明徳義塾“老将”馬淵監督、変革で逆襲へ 系列中学の有望選手が他校へ続々流出も…「変わっていかんと続かん」 (1/2ページ)

 明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督(63)は子供によくなつかれる。

 第3日(8日)の藤蔭(大分)との初戦に向け、6日には兵庫県尼崎市内のグラウンドでシート打撃など実戦形式の練習で約2時間の調整を行った。

 終了後、見学に来ていた地元の野球少年4人と笑顔で写真撮影。「家の中でゲームばっかりしとったらあかんぞ。甲子園で会おうな」と丸刈りの少年の頭をなでた。

 「あれくらいの子らはかわいいなあ」。甲子園通算50勝を誇る名将はそう言って笑ったが、この春には心待ちにしていた“スーパー1年生”に内部進学を断られた。

 明徳義塾中時代の昨春、全日本少年軟式野球大会で最速146キロをマークし準優勝に貢献した左腕の関戸康介投手は、他の高校に進学する場合は卒業を待たずに学校を辞めなければならないルールが存在するため、昨秋に退学し、実家のある長崎県佐世保市内の中学に転入。大阪桐蔭へ進学した。

 明徳義塾は部員103人の大所帯。だが、地元関係者は「今年入学した1年生は例年に比べて少ない。関戸君の他にも、同じように内部進学を断り他校に進学する選手が10人ほど続いた」と声を潜める。スポーツの名門として知られる明徳義塾だが、人里離れた全寮制の規律厳しい生活は令和の時代に合わないと敬遠されたのかもしれない。

 「そりゃあ、昔はスパルタやったよ。猛練習で鍛えて鍛えてな。でも、今の子らには合わんやろう。変わっていかんと続かん」と馬淵監督。

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