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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】引退後(1) 日本プロスポーツ大賞受賞時の悔しさから…ボートレース界の「PR活動」へ (1/2ページ)

 不死鳥はデビューしてしばらく後に、ボートレース桐生でのレース中に瀕死(ひんし)の大けがを負った。そこから奇跡の復活を遂げ、モンキーターン時代を切り開くSGV10という前人未到の活躍で“不死鳥伝説”を生み、“艇王”の名をほしいままにした。だが、突然の引退…、話は一転してその引退後に飛ぶ。

 たくさんのファンの皆さんに支えていただいたおかげで、約20年のボートレーサー人生を歩むことができました。現役引退は2007年7月でした。

 引退後にはやりたいことがたくさんあり、またいろんなことに挑戦する気持ちがありました。その中で、常に私の頭にあったのは何とかしてボートレース界のイメージアップに尽力できないかということでした。

 そう考えるようになったきっかけがあります。現役時代の1993年に公営競技初の年間賞金2億円を獲得して、日本プロスポーツ大賞に選ばれて表彰式に出席しました。このとき、私自体の知名度の低さはともかく、ボートレース界の認知度もスポーツ界全体の中ではまだまだ低かったことを再認識しました。野球やサッカーなどのほかのスポーツとの違いに内心悔しい思いをしたものです。

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