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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】青梅マラソンに挑戦! 妻と二人で30キロコース猛練習も当日は… (1/2ページ)

 2007年7月についに引退した不死鳥は、現役時代に華々しい活躍をしたにも関わらず、一般社会でのボートレース界の認知度が思ったより低いことを痛感した。その認知度を上げるためにブログやイベントで、自分なりの発信を始めた。

 引退してから約8カ月間、全国に24場あるボートレース場で、ファンの皆さんへごあいさつをして回りました。

 この頃からブログも始めました。初期は「植木通彦ダイアリー」というタイトルで続けました。私は引退後どこにも所属していなかったのですが、たくさんの番組やイベントの出演依頼が殺到しましたので、全国モーターボート競走会連合会の広報部でスケジュール管理をしてくれるようにお願いしていました。

 そうした活動を私の地元である北九州市のボートレース若松のホームページで、紹介しないかというお話がありブログを始めたのです。この時にパソコンを初めて購入しました。40歳からのパソコンデビューでした。このブログには、各レース場のB級グルメに関してなどいろいろ思ったことを書きました。

 その一方で、ボートレース界以外のイベントにも出演しました。こうしたイベントはすべて私1人で行動しました。正直不安もありました。今まではボートレース界に守られていたんだなと感じ、同時にこれからは強くならないといけないと思いました。

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