記事詳細

【今からでも間に合う!ラグビーW杯の基礎知識】“格闘技”前面の明大と“球技”生かす早大の分岐点 (1/2ページ)

 2015年W杯戦士の五郎丸歩(ヤマハ発動機)は言う。「ラグビーは、肉体がぶつかり合う野蛮な競技である半面、華麗なパスワーク、スピーディーなライン攻撃など美しさも備えている」

 格闘技と球技の両面を持った競技というわけだ。格闘技の要素を前面に打ち出していることで知られるのが、明大。一方、速いパスワーク、キック、サインプレーをふんだんに織り込みラグビーの球技の面を生かすのが早大だ。

 この対照的な両チームの戦法は、同じ1927年(昭和2年)にそれぞれが行った海外遠征が分岐点になったといわれている。この年、明大は上海遠征でウェールズの駐留軍『カージフ連隊』と対戦。同チームの強烈な押しをいやというほど体験し大敗した。当時フッカーで、その後1929年から死去するまで67年間も監督を務めた北島忠治氏は、背骨がきしむような押しを受け「ラグビーはFWのスクラムから」を痛感し、強力FWづくりに力を注いだ。

 この北島が相撲部出身だったのをはじめ、当時のメンバーは相撲、柔道部員などの寄せ集め。全員の柔道段位を合わせると20段という猛者ぞろいだった。明大は創成期の段階で“格闘技ラグビー”に向いたメンバー構成だったのだ。

関連ニュース