記事詳細

【江尻良文の快説・怪説】ロッテ・重光氏死去 寝耳に水だったオーナー就任、落合争奪戦で夜討ち取材もいやな顔一つせず (1/2ページ)

 ロッテ・重光武雄オーナーが98歳、老衰で亡くなった。ロッテが球界に参入した秘話。巨人・王監督と中日・星野監督が三冠男・落合を巡り大争奪戦を繰り広げた際の深夜のストーブ取材秘話。そして、生涯オーナーに執着した秘話。三大楽屋裏話を明かす。

 1969年1月、東京オリオンズからロッテオリオンズに球団名が変更。重光オーナーはこう舞台裏の秘話を語っている。

 「中村長芳さん(岸信介元首相秘書)から“お金を出してくれれば、ロッテを球団名にできる。いい宣伝になりますよ。球団のことは、私がすべてやりますから、安心してください”と言われて引き受けた」

 今で言うネーミングライツのようなものだ。ところが、中村氏は72年11月、西鉄を買収した太平洋のオーナーに就任した。重光オーナーが激怒したのは当然だろう。

 「長芳さんがオーナーとしてすべてやるというから、お金を出して球団を持ったのに、野球を知らない私はどうすればいいんだ。私は長芳さんに強姦されたようなものです」

 が、中村氏が太平洋のオーナーに就任してしまった以上、重光新オーナーが球団経営もするしか道はない。忘れられないのは86年オフ、深夜のストーブリーグ取材に対する真摯な対応だった。

関連ニュース