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【Tokyo1964秘録】重量挙げ・三宅義信 “ロックの殿堂”で生まれた金メダル1号! (1/2ページ)

 2020東京オリンピックが半年後に迫ってきた。1964年、東京でアジア初の五輪が開催されてから56年。社会もスポーツも大きく様変わりした。そこで64年東京五輪を取材、現役記者として今年2度目の東京五輪を取材する柏英樹記者が前回大会の印象的だったシーンを取り上げ現在と比較する。

 第1回は「ロックの殿堂で生まれた金メダル1号」重量挙げ・三宅義信秘話。

 開会式の2日後、64年10月12日。おそらく日本のほとんどの人がテレビで重量挙げの中継をこの日初めて見たに違いない。五輪重量挙げ会場として建設された渋谷公会堂に日本期待のフェザー級・三宅義信(自衛隊体育学校)が登場する。それまで、重量挙げの試合は薄暗い体育館などが多く、テレビ中継はまずなかった。

 三宅は建設途中の渋谷公会堂に何度も足を運んだ。

 「オリンピックを戦うのはわれわれ選手だけではない。日本中がこうして頑張ってるんだから…」

 日ごとに出来上がっていく公会堂から五輪の息吹を肌で感じるためだった。

 しかし、実際に競技に入ると「劇場の舞台で試技するようで違和感がある」。五輪後はコンサート、テレビの人気番組「8時だヨ!全員集合」の収録、さらに「BOOWY」のライヴなどロックの殿堂といわれる会場になっただけに選手が戸惑ったのも当然だろう。ただテレビでは舞台中継を見ているようで、選手の表情、一喜一憂が手に取るようにわかり重量挙げの面白さを際立たせた。

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