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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.33】“新・虎の歌い手”小林繁の歓迎会 “芸人”加藤博のストリップで爆笑の嵐! (1/2ページ)

 当時、産経新聞大阪本社は梅田の「桜橋」にあり、本社から歩いて5分もかからないところに「阪神電鉄本社」と「ホテル阪神」があった。

 昭和54(1979)年2月10日、筆者はホテル阪神にいた。正午から行われた小林繁の入団発表の取材手伝いである。サンケイスポーツへの入社を前に「ちょっとでも慣れとけ」という上司の配慮だった。

 ホテル阪神に来るのは2度目。1度目は前年の53年、田淵幸一がトレード通告を受けた11月15日の深夜だった。部屋の前で様子をうかがう記者へ、おにぎりとお茶の差し入れを持っていった。廊下にはいつくばりドアの下の隙間に耳をくっつけ、何とかして会話を聞こうとしている他社の記者がいた。〈ここまでせなあかんのかぁ。大変な仕事やな〉と感心した。この話を水本義政先輩にすると「そのはいつくばっとったんはオレや」という。世間は広いようで狭い。

 会見後、小林は高知入りし、選手たちと合流。午後7時から選手宿舎「手結山観光ホテル」で選手会主催の『新入団歓迎会』が行われた。音頭を取ったのは1月20日の役員改選で、新選手会長に選ばれたばかりの江本孟紀。「小林は特殊な事情でウチに来る。みんなで温かく迎えてやらにゃあ」。改選の日は知人の葬儀でただ一人欠席したが、選手55人から満票を集めて当選した。

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