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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校時代に見た“曲者”元木大介の才能 一挙手一投足に「意図」があるよう…1塁へ走らず大目玉も!? (3/3ページ)

 “よく見えている”と言えば、守備で苦しい場面では隠し球で意表を突いたり、ランナーに出ると内野ゴロの併殺を阻止するために2塁に巧みなスライディングを試みることができた。“敵から見たらいやらしい奴”だ。技術として披露するには高校生ではちょっと早すぎたかもしれない。

 “早すぎる”と言えば、3年夏の滋賀・八幡商業戦。「打ち上げた。ピッチャーフライ、マウンドを降りて手を上げる。ボールが落ちて来る。おっと取れない。ボールが転がる。バッターは1塁へ、あっと、走ってない。バックアップして1塁へ送球、アウト、なんと元木は走っていませんでした」

 打った感触で100%アウトになると即時判断したのだろう。“敵から見たら迂闊(うかつ)なところもある奴”と唯一ほくそ笑むところだが、怠慢プレーを許さない山上烈監督から大目玉、全国にその模様が映し出される赤っ恥は今後の大きな糧にしてしまった。

 元木大介に感じたものは、一心不乱に取り組む“青春真只中の球児”ではなく“既に主体性を持つ野球人”だった。

 高校時代から培ってきた能力がプロ球界に入って一段と磨きがかかり独特なスタイルで実を結ぶ。元木は、自チームからは多くのポジションへの対応、さまざまな戦術の実現を求められ、他チームからは最大級の警戒態勢を敷かれる“曲者”となった。

 普通嫌がる相手側の呼び名だが自軍の指揮官・長嶋茂雄監督の命名だった。悪名ではない。元木ならではの能力に対する賛辞だ。

 元木大介は野球について“良く見える”“方法論を知る”“進歩しようと取り組む”、そしてそれらを“見せない”選手、代名詞・イメージは“曲者”だが常にその場面で主役を務め輝きを放つ最高の個性派スターなのだった。

 ■小野塚康之(おのづか・やすゆき) 1957(昭和32)年5月23日、東京都生まれ。80(同55)年、学習院大からNHKに入局。以降40年間、主に高校野球、プロ野球の実況を担当し、名物アナウンサーとして活躍した。今年3月にNHKとの契約を終了しフリーに。現在もDAZN、日テレジータス、JSPORTSなどで実況家として野球中継に携わっている

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