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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.34】スポーツ記者になって初めて担当したのは「相撲」 部長から「朝汐番」拝命 (1/2ページ)

 「江川騒動」も無事終結。筆者にも“受稿”のアルバイトから卒業するときがやってきた。サンケイスポーツへ入社。関西運動記者クラブへ登録し、晴れてスポーツ記者となった。顔写真入りの「記者証」と、今ではなくなったペン先をかたどった「記者章」を、部長から手渡されたときには、生まれて初めての“武者震い”を経験した。

 大学2年生から3年間続けた受稿アルバイトは大きな財産になった。事件や騒動の全貌を知るだけでなく、現場から原稿を電話で送ってくる記者たちの熱い思いが、耳とペンを持つ手から伝わってくる。

 さぁ、どんなスポーツを担当するのだろう。当時は大きく2つに分類されていた。プロ野球や高校野球などの「野球班」。それ以外の競技全般を取材する「アマチュア班」の2つ。まだJリーグも発足しておらず、サッカーも「アマ」に分類された。期待で胸が膨らむ。そして部長から-。

 「相撲やってくれるか。朝汐だけでええ。明日から毎日、高砂部屋行って、朝汐を見張っといてくれ」

 〈相撲? ボクが? なんで? 朝汐って誰や…〉頭の中で「?」がいくつも回った。だが、口から出た言葉は「はい」の一言。それが現実だ。

 大相撲春場所は3月11日、大阪・難波の府立体育会館で初日を迎える。力士たちは部屋ごとに約1カ月前から、大阪各地に点在するそれぞれの稽古場で宿泊。朝汐が所属する「高砂部屋」の宿舎は、大阪市中央区にあるお寺「久成寺」だった。

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