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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.35】野球大好き“大ちゃん”四代目朝汐太郎からの予期せぬ質問「お前、このまま相撲担当やるんか?」 (1/2ページ)

 朝汐太郎(現在の高砂親方)は昭和30(1955)年12月9日生まれ、当時23歳。筆者と同学年。本名・長岡末弘(すえひろ)。高知県安芸郡(現在の室戸市)出身。

 近畿大学時代、3年生、4年生と2年連続で学生横綱、アマ横綱に輝き、52年12月に高砂部屋に入門する。53年3月に幕下付け出しで初土俵。54年1月に四代目朝汐太郎を襲名していた。愛称は「大ちゃん」。小さい頃から体が大きかったので、みんなからそう呼ばれていたという。筆者も「大ちゃん」と呼んだ。

 朝汐は1年生記者を“弟”のように、どこへでも連れて行った。近大の祷厚巳(いのり・あつみ)監督の自宅にも、“タニマチ”と呼ばれる後援者の家にも「こいつは構へんのですわ」と平気で部屋に上げた。野球が大好きで、筆者が買った小さな電子野球盤(打つと光が走るタイプ)をいつも「早くやろうぜ。きょうは何試合やる?」と待ち焦がれていた。

 平穏無事だった高砂部屋に「事件」が起こった。本場所前日の3月10日、なんと宿舎の「久成寺」に泥棒が入ったのだ。親方や関取衆が眠っている間に、数十万円相当の腕時計や現金をごっそり。大ちゃんによると-。

 「朝7時に目覚めたら、枕元のカバン(衣装ケース)がない。若いもんが持っていったんやろと思って、また寝てたら、隣で富士桜さんが“カバンがない!”って大騒ぎ。こりゃ、泥棒やってことになったんや」

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