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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】投げて投げて投げ込んだ…伝説の左腕・鈴木啓示の矜持 (1/4ページ)

 私の耳に1番深く刻まれた記憶が時々蘇ることがある。今から30年前、プロ野球中継を終えて解説者と繰り出した夜の札幌・すすきの、関西料理の割烹(かっぽう)の小上がりに、やや高く味のあるハスキーボイスが小気味よく響く。

 「えんやこらせぇ~どっこいせ♪」

 「そぉらぁ~よ~いとこさぁ~っさのよいやぁさぁ~っさ♪」

 このノリの良い掛け声に特徴のある『河内音頭』を熱唱し続けたのは元・近鉄の317勝投手“草魂・鈴木啓示”だ。1人目を閉じ自身の世界に入り込んでいる。1曲披露すると20分ほど。

 引退して5年、43歳になっていたが、現役時代と同じ角刈り、その額に汗が光る。一言一句をかみしめながら流暢(りゅうちょう)、微妙なメロディーラインも正確に刻む。アカペラだ。“大阪のSOUL”がにじみ出て来るようだ。東京出身の私でも感じ入ってしまう。プロ歌手の持ち歌のように完璧な出来栄えに聞こえた。

 「絶品ですねエ」と感想を述べると『はい、そりゃ唄い込みました。何遍も、何遍も。わたしゃ唄うのは嫌いです。唄い込むんが好きなんです。ピッチングと一緒ですわ、投げるのは好かんのです。投げ込むんが好きなんですわ。』と鈴木節で豪快に笑い飛ばす。

 鈴木啓示さんを知ったのは小学校6年生の夏だから昭和44(1969)年だ。テレビのパリーグ中継だった。プロ野球のピッチャーに背番号「1」がいた。違和感と強烈なインパクトだった。当時のNo.1のイメージは完全に王貞治選手だ。他のチームでも野手のイメージだ。それがマウンドにいるじゃないか!

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