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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】“満塁の駒田”別名は“考える人” 「人の言葉ってのは金言ですよ」 (1/4ページ)

 ホームランは野球の華、その中でも満塁とくれば究極である。目を閉じて耳を澄ませば、バットがボールをはじく乾いた音、カクテルライトに照らされ中空に舞い上がる大飛球、高まる歓声、超満員の外野スタンドが立ち上がる。大喝采が迎える。ガッツポーズしながら紅潮するファンの顔、顔、顔。興奮のるつぼと化したスタジアム、悠然とベースを駆け抜けるのは誰だ?

 私のイメージでは191センチの長身、背中を少し丸めながら大股の小走り、もちろん“満塁の駒田”駒田徳広(元巨人・横浜)だ。通算満塁ホームラン13本は歴代5位タイ(1位は埼玉西武の中村剛也の20本)。注目は本塁打全体に占める比率だ。実に15・0本に1本の割合だ。これは“ダントツトップ”だ。中村でも28・0本に1本。意外にも世界記録の868本の王貞治では57・8本に1本。

 駒田の場合、総本数が195本と満塁本塁打ランキング上位者の中では最小数だから希少といえる。トップテンの中で次に少ないのが藤井康雄(元オリックス)の282本だから格段だ。もう一つ特筆すべきは連続シーズンが6まで伸びている点、毎年打っているような印象を与えるのだった(1994年から1999年まで、イチローと最多タイ)。

 第1号の満塁弾デビューは入団3年目1983年4月10日、大洋(当時)戦の後楽園球場。その日私は、新人時代の鳥取局で夜勤のニュースの担当だった。将来の野球実況を目指す身としてナイター中継は欠かせず、いつもイヤホンをして勉強(?)していた。仕事中で断片的だったが、どうやら“ヤッターマン中畑清”が試合前の練習中にけがをして欠場、巨人としては暗雲漂う嫌な流れになっていた。

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