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【清水満 SPORTS BAR】スポーツの力で“国難”乗り越えよう!

 テレビから流れる映像を見て驚いた。米ニューヨークにあるセントラルパーク内に“野戦病院”が設置された。普段は市民が散策したり、ジョギングするなど憩いの場には、防護服の人たちが行き交う光景があった。

 テニスの全米オープンの会場であるビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターにも多くの物資が運び込まれて、350床のベッドが設けられたという。感染が拡大する米国のコロナ禍、既存の病院だけでは対応しきれなくなった。

 日本も対岸の出来事ではすまされない。政府から緊急事態宣言が出されると、臨時の医療施設用に土地や建物を強制使用することも可能になる。

 東京五輪も1年間延期された。政府は今後“オーバーシュート”(爆発的患者急増)が発生した場合の病床不足に備え、軽症者らを一時滞在させる施設として東京五輪・パラリンピックの選手村を活用する案の検討を始めたという報道もある。

 かつてスポーツ施設が接収されたことがある。第2次世界大戦末期、“野球のメッカ”である後楽園球場が旧日本軍に接収された。グラウンドは耕され、ジャガイモやトウモロコシが栽培され、2階席には高射砲…。野球場がそんな環境になることは何とも悲しいが、戦後人々は、その野球場から勇気をもらった。

 1945年、終戦からわずか2カ月後の10月、神宮球場でまずは野球の東京六大学OB紅白試合が行われ、11月の全早稲田対全慶応は4万5000人の観衆を集めた。焦土と化した日本、食糧事情が著しく困難な時期に観衆は野球に酔った。翌46年からは8球団1リーグ制のプロ野球も再開され、人々は熱狂した。スポーツの力によって“国難”を乗り越え、未来を切り開いた。

 世界中でスポーツイベントが中止、延期が相次いでいるが、地球規模の災難を乗り切った先、人々の心を癒すのもスポーツ…。その力って侮れないです。(産経新聞特別記者・清水満)

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