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【松本秀夫 プロ野球実況中継】関根潤三さん、学生時代は山手線の各駅に彼女がいた!? (1/2ページ)

 関根潤三さんが亡くなりました。実に1966年から、途中ユニフォームを着られた時期もありましたが、足掛け50年間「ショウアップナイター」の解説をお勤めいただきました。

 私はなんと87年のデビュー戦、後楽園球場で行われた当時のジュニアオールスターゲームを皮切りに、16年まで何百試合とお相手をさせていただきました。

 若い頃、関根さんと組むときは前日から緊張していたものでした。変な質問をするとまるで相手にしてもらえず、「そんなことわかりません!」って感じで一蹴されてしまうんです。「今日も派手に斬られて(!)たな(笑)」と、先輩アナウンサーによくからかわれました。

 でも、中継が終わったあとはいつもの優しい関根さんに戻ります。とくに遠征先では、食事後に喫茶店で深夜まで野球談義。お酒は飲まれませんでしたから。話題は今日の試合の振り返りから昔話まで。「中学時代、沢村栄治さんにピッチングを褒められたんだよ」って話をされるときには、いつも目を細めていらっしゃいました。

 球場にはよくマイカーでお越しでした。モスグリーンのジャガーで颯爽と乗り付け、ポロシャツの襟を立ててジャケットを肩に羽織っていらっしゃった姿が印象に残っています。煙草は両切りのピース。とにかくダンディーなんです。

 「学生時代は山手線の各駅にガールフレンドがいたよ。大崎駅を除いてな。あそこは人が住んでいなかったから(笑)」

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