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【清水秀彦 そういうことだろ~】マリノスをクビになりとぼとぼ…ホームレスの“説教”で目が覚めた! (1/2ページ)

 --日本が今最大のピンチです。清水さんもサッカー界で多くの修羅場を乗り切ってきましたが

 清水「Jリーグでさ、監督を4回もクビになっているのは俺くらいじゃいかな(笑)。でも、忘れられない最大のピンチは、(横浜)マリノスをクビになったときだったね。大学を卒業してから(前身の)日産に入って、選手、主将、コーチ、そして監督までやらせてもらったから…。とっても好きなチームだったし」

 --解任通告を受けたのは…

 「ちょうど40歳のときだった。その時は『そうですか』という感じだったんだよ。でも翌日からもう行く場所がない。20年近く、何があってもマリノスのグラウンドに通っていたからね。『そうか俺、クビになったんだ…』という気持ちがドンドン広がっていってね」

 --どんな毎日だった

 「何もしないし、できなかったなぁ。しばらくは」

 --思う存分、本を読んだり映画を見たり

 「あはは、それもない。でもね、あぁ、こういうことがプロなんだと心底思ったね。ある日突然、クビになる。無職になる。これがプロなんだと」

 --それから…

 「時間もたっぷりあるし、旅行でもしようと思って…」

 --旅に出た?

 「それも海外にね。オーストラリアのシドニーだった」

 --1人で?

 「もちろん。何もしないでフラフラしていたね。きっと周りから見ても近寄りがたい、暗~いアジア人と思われていたと思う。とぼとぼ歩いていた俺を、ギロリとにらんできたのは…」

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