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【田代学 ダッグアウトの裏側】ボンズはまだ開花前 ステイホームでパイレーツ黄金期のお宝発見 (1/2ページ)

  新型コロナウイルス感染防止のため「おうち時間」が増え、断捨離に励む人が多いそうだ。拙宅でも先週末、妻がどこからかヨレヨレのトレーナーを持ってきた。

 「これ、もう捨てていい? 昔、休みによく着ていたよね」

 右からバリー・ボンズ、ボビー・ボニーヤ、アンディ・バンスライクで、左上がエースのダグ・ドレイベック。1990年から92年にナ・リーグ東地区(当時は東西2地区制)を3連覇した、パイレーツの主力メンバーだ(ボニーヤは91年オフにメッツへフリーエージェント移籍)。

 筆者がピッツバーグで暮らしたのは89年。大学を1年休学しての語学留学だった。初の海外で英語は話せずカルチャーショックも多い中、スリーリバース・スタジアム(PNCパークの前の本拠地)でパイレーツ戦を見るのが息抜きだった。

 のちにジャイアンツへ移籍して大リーグ歴代1位の通算762本塁打を放つボンズはスラッガーとして開花前。まだやせており、二塁打や盗塁の方が本塁打より多かった。ボニーヤは三塁手としては太りすぎで失策を連発(90年から右翼へ転向)。前年にゴールドグラブ賞を初受賞したバンスライクの美しい送球には魅了された。

 当時は、選手の似顔絵をプリントしたTシャツやトレーナーをよく着ていた。今でも実家のどこかに100枚くらい残っているはずだ。冒頭のトレーナーは、ピッツバーグ時代の友人がパ軍の優勝記念にプレゼントしてくれたものだった。