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【神谷光男 スポーツ随想】高校野球が一つになった日 全国各地で独自大会開催 (1/2ページ)

 夏の甲子園大会中止は「拙速だったのではないか」との論調が目立つようになった。感染者が一向に減らない東京と違い、甲子園のお膝元の兵庫では1カ月近く感染者ゼロが続き、大阪も収束が見えた。「これなら甲子園をやってもよかった」というわけだ。

 甲子園中止が決まったのは5月20日。その翌日には兵庫、大阪、京都の緊急事態宣言が解除された。東京など首都圏、北海道の解除も近かったが、高野連の八田英二会長は中止の判断について「感染が完全に終わる見通しが立たず、長期的な戦いであることを念頭に置くと、解除が進んだから開催に…という結論にはいかなかった」と説明している。

 「拙速」などと後付けなら何とでもいえる。無観客で広いグラウンド内は安全とはいえ、長距離の移動や宿泊で感染リスクは絶対ないとはいえない。役員や運営スタッフの安全も考慮しなければならない。最近は猛暑の中の大会が格好の標的になり、「熱中症で選手や観客が死んだらどうする」などと識者と称する人たちから目の敵のように批判されている高野連だが、この決断は正しかったといえる。

 さらに、中止になった春のセンバツ出場校を招待し、交流試合という形で甲子園でプレーできる機会を与えた。「頑迷固陋(がんめいころう)」とまでいわれた高野連にしては、何とも粋な計らいではあった。

 夏の全国大会中止の代替えとして、各都道府県でも独自の大会開催が急ピッチで進む。

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