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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.50】「強運」岡田くじ的中 79年ドラフト会議 (1/2ページ)

 昭和54(1979)年11月27日に行われたドラフト会議は、早大・岡田彰布の“強運”に驚かされた。通算打率・379、本塁打20本、81打点。東京六大学屈指のスラッガーを1位指名したのは阪神、阪急、近鉄、南海の関西4球団とヤクルト、西武の計6球団。もちろん岡田の希望は阪神。父親・勇郎さんが古くから阪神の選手たちと交流があり、名三塁手・三宅秀史が大阪市内の自宅にやってきたこともあった。

 午前11時30分、ドラフト会場に一瞬の静寂。静かに右手を挙げたのは阪神の河崎雄介取締役だった。前年(昭和53年)に岡崎義人代表が引いた「江川くじ」に続く大当たり。「中西コーチから“最初に触れたくじを取りなさい”とアドバイスされ、その通りにしたら…」と河崎は声を震わせた。

 後年、このときの心境を岡田に尋ねた。すると「あぁ、阪神に当たると思とったよ。オレはこの手のくじ運はめちゃくちゃ強いんや」と平然と言ってのけた。実は岡田はこれと同じせりふを“ある人物”にも語っていた。

 ドラフト会議の数カ月前のことである。岡田は西武グループの総帥・堤義明から食事会に招かれた。その席には各大学の有望選手たちも招かれていた。そして堤が岡田にこう声をかけた。

 「岡田君、君の希望は阪神タイガースと聞いているが、もし、希望する球団から指名されなかったら、ウチに来てくれないか。支度金として1億円を用意している」

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