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【小林至教授のスポーツ経営学講義】なぜプロ野球の名場面が見られないのか… もったいない「映像資産」の持ち腐れ (1/2ページ)

 私たちの日常に、プロ野球が帰ってきた。日常といっても「new normal」、つまり新しい日常で、例年のそれとは様子が異なる。皆さんご承知の通りの無観客だ。祝開幕なことには違いないがやはり味気がなく、感動空間は観客と選手が一体となって作られるものであることを、改めて感じる次第である。

 通信手段の飛躍的な進化とともに、スポーツ興行の主役はメディアとなった。テレビ放映権に代表されるメディア権利料の売上項目に占める割合は、オリンピックやサッカーのイングランド・プレミアリーグなどの世界的コンテンツともなると大半を占める。

 それでもスポーツ興行の一丁目一番地は、コロッセウムでの剣闘技大会は映画「グラディエーター」でよくご存じと思うが、そのローマ時代からサイバー空間全盛の今なお、満員の熱気なのだ。

 とりわけプロ野球は、非日常の祝祭空間としての立ち位置をもってビジネスを成長させてきた。売り上げにおいても、スタジアム収入はその根幹をなしている。NPBの売り上げは、上はソフトバンクの325億円から、下は100億を下回る球団までさまざまだが、1球団平均で150億円ほど。そのおよそ50%をチケットと飲食・物販などのスタジアム収入が占める。無観客で開催すれば、これがすべて吹っ飛ぶことになる。

 7月10日以降、5000人程度の観客動員が解禁となる模様だが、1人で5人分の座席を占有できるから入場料を5倍取れるかというと、世間体も気になり、踏み切れる球団はないだろう。このあたりはMLBのように、世間がどう思おうが「そんなの関係ねー」と、なりふり構わず選手会と露骨な条件闘争をする面の皮の厚さを少し、見倣ってもいいような気がする。

 だが、日本の球団経営は親会社も含めたグループのイメージも背負っており、なかなか思い切ったことはできない。もっとも、球団の売り上げが半減あるいはもっと厳しくなりそうな状況でも、選手の年俸に踏み込まないでいられるのは、大きな企業グループの傘のもとにいるからでもある。

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