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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】レジェンド始球式に登板 甲子園に帰ってきた“怪童”中西太氏 (3/3ページ)

 通い始めた最初の頃から毎日近くで食い入るように見つめていたので中西さんに気味悪がられていたと先輩から聞き、慌てて挨拶させていただいた。「フーン、毎日見とってそんなにおもろいんか? 変わりモンやねぇ。でもそんなに見たいならどうぞ、どうぞ」と受け入れてくださった。それからはよく声を掛けてくださった。不思議なことに名前ではなく「オイ、NHK!…」だった。NHKらしくなかったからだそうだが、とてもかわいがっていただいた。

 呼び名といえば高校時代から“怪童”として注目されプロ入りした中西さんは私の子供の頃、すでに西鉄で活躍していた。残念ながらその雄姿を直接見たことはなかったがニックネームは知っていた。最初は「カイドウ?」って何? 「カイドウ、ナ・カ・ニ・シ?」「ナカニシは中西」だよなぁ。なんて思い、ホームラン王でありトリプルスリーの“怪童中西”の由来は高校時代まで遡(さかのぼ)ることを知る。プロ野球で162メートルの特大ホームランの伝説が残る希代の長距離砲は甲子園で大注目だった。強靱(きょうじん)な下半身と柔軟性が生み出すスイングの速さ、飛距離が“怪童”なのだ。夏の100回大会のレジェンド始球式のメンバーであることが証明する。高松第一時代1年と3年でベスト4に勝ち進み、最後の夏は2本のランニングホームランを記録している。

 あれから67年ぶりの高校野球の甲子園。“怪童”がグラブを付け、白球を握りしめ、プレートに足を置いた。こちらも緊張する。左足を上げて柔らかなフォームでフワリと投げた。ダイレクトにキャッチャーミットに収まる見事なストライクだった。銀傘に木霊(こだま)する大拍手が中西さんを包み込む。みんながうれしそうだった。帽子をとって大歓声にこたえる。少し照れ臭そうに。その姿は初々しさすら感じるほど爽やかでまぶしかった。

 ■小野塚康之(おのづか・やすゆき) 1957(昭和32)年5月23日、東京都生まれ。80(同55)年、学習院大からNHKに入局。以降40年間、主に高校野球、プロ野球の実況を担当し、名物アナウンサーとして活躍した。今年3月にNHKとの契約を終了しフリーに。現在もDAZN、日テレジータス、JSPORTSなどで実況家として野球中継に携わっている

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