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【江尻良文の快説・怪説】早実時代の恩師・宮井氏死去 王さんの心残りは清宮を獲得できなかったことか (1/2ページ)

 ソフトバンク・王貞治球団会長を早実時代に指導した宮井勝成氏が94歳で肺がんのために死去した。王球団会長は1957年の第29回選抜大会で早実のエースとして初優勝を飾った後も、中大監督、総監督時代の宮井氏との親交は続いた。唯一の心残りは?

 高校通算本塁打新記録達成で大騒ぎされた、早実の清宮幸太郎(現日本ハム)をドラフトで獲得できなかったことではないか。

 「プロ野球に入って大先輩の世界の王さんの記録に挑戦したい」と高らかに宣言していた清宮。相思相愛で王球団会長もラブコールを送ると同時に、その清宮情報も詳細だった。

 「2年生までの清宮ならいきなりプロ入りは難しいと思った。外角へ逃げるスライダーを打てなかったからだ。が、3年生になって苦手の外角のスライダーを打てるようになった。プロでも十分やれる」

 こう太鼓判を押す王球団会長に驚いた。ソフトバンクのスカウトからの報告だけでは、慎重な性格だけに軽々しく「プロでもやれる」と断言するはずがないからだ。首をかしげていると、早実OBの球界関係者がこう耳打ちしてくれた。

 「宮井さんが常に最新の清宮情報を王さんに教えているんですよ」。この一言で納得だ。宮井氏にすれば、世界の王とその後継者を目指す清宮の合体を誰よりも望んでいただろう。

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