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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】松井秀喜に見せられた世界(上) 鳥肌が立ったラッキーゾーン撤去1号 すごさ伝えるために徹底研究 (1/3ページ)

 実況アナウンサーは甲子園で選手に育てられる。その筆頭格は松井秀喜だ。

 1年生で全国の舞台初見参、サードを守る姿が非常に大きい。顔も「デカイ」。ゴロが飛ぶ、豪快に前へ出る。ダイナミックなリズムでボールをグラブに収めると大股のステップを踏んでマウンドの投手の直後までせまり、ビュンと送球する。その勢いでファーストの目の前くらいまで達してから悠然とサードのポジションに戻っていく。

 青春の象徴ニキビが噴出している頬に笑みが浮かぶ。その表情がネット裏から肉眼でもはっきり捉えられた。本当はボールをつかんでからそんなにステップしていないはずなのだが残像はそう刻まれるのだった。

 「こいつが打席に立ったらもっとすごいのだろうなぁ!」

 守備でこんなに印象づけられた選手も私の中では珍しい。魅せる守りという観点では、プレースタイルは全く違うが長嶋茂雄さんに通じるものがある。やがてこの2人は巨人で師弟関係を築いていくのだった。

 これが、1990年夏第72回大会松井秀喜甲子園デビューのインパクトだ。戦績は初戦の2回戦で西東京の日大鶴ケ丘に3対7で敗れ、打撃成績は3打数0安打だった。それでも特別なオーラを発散していた。

 松井は成長していく。2年生になって帰ってきた1991年夏第73回大会、チーム2試合目、3回戦の茨城・竜ケ崎一戦で、甲子園第1号を放った。1年生から評判の強打者だっただけに球場全体のファンから「やっと出たね!」と祝福の拍手が湧き上った雰囲気が忘れられない。この時の松井のスイングはパワフルだった。力任せにバットをボールにぶつけていく感じで決してスムーズには見えなかったが飛距離が素晴らしかった。

 そして夏が過ぎ星稜は秋の北信越大会で活躍しセンバツ出場濃厚となった。けた外れの大打者にまた会える。そういえば『“彼”がいるうちに全国制覇を狙います!』と山下智茂監督が松井が入学して以来自信満々に宣言していた。それならば私は「松井の素晴らしさを全国の視聴者に伝えます!」。そのためには松井をじっくり研究せねば。どう実況するか対応策を練ろう。冬を前に無性に盛り上がった。

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