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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】松井秀喜に見せられた世界(下) 5連続敬遠が教えてくれたこと 3年間のデータから捻出した馬淵監督の徹底戦術 (1/3ページ)

 怒声が飛び殺気立ち騒然とする場内。星稜・松井秀喜が9回表、連続5度目の敬遠で歩かされると緑の鮮やかな芝生の上にメガホンが投げ込まれた。あんなに恐ろしい甲子園はほかに経験がない。1992年夏、第74回選手権大会2回戦、星稜対明徳義塾、社会的議論まで引き起こしたあの“松井の5敬遠”だ!

 NHKには「なぜ勝負しない!」「松井がかわいそうだ!」「相手投手も敬遠したくなかったはずだ!」「敬遠は作戦、明徳を責めるのはおかしい!」などなど電話による苦情や意見が殺到した。

 その夜、実況アナウンサーに召集が掛かった。甲子園での業務を終え会議がもたれる大阪の局へ向かった。同僚たちと阪神電車に乗ったが、みな興奮気味で自然と敬遠策の賛否について議論になっていた。

 会議の趣旨は“この試合”を冷静に受け止め、この後の放送でNHKとして正確に事態の経緯や周囲の反応を説明できるようにすることだった。重要なのは、試合後発表された牧野直隆日本高校野球連盟会長の『この日のためにお互い苦しい練習をしてきた。その力を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか。無走者の時には正面から勝負してほしかった。高校野球は勝利を目指すものであるが、度合いというものがある。今回は度を過ぎている』という異例の談話の確認とNHKに寄せられた視聴者の声の大きさや傾向を把握することだった。

 また、解説者を招いて敬遠策の考え方についても意見を聞いた。一方で物申したい人の中には甲子園の放送席を訪ねて来る人もいるのではと警備体制についても話し合われた。参加者の多くは私も含めて昼間のありさまを目の当たりにしていたので興奮を引きずりながら会議に臨んでいた。

 そして冷静になってハッとし、ヒヤリとしたことがあった。それは「敬遠策」という戦術についてそれまであまり深く考えずに来たことだった。

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