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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校野球に学ぶ オール直球が生む健康な未来 66回選抜山梨学院・五島裕二投手 (1/3ページ)

 成長期の高校野球選手の肉体をどう鍛え、守り、大会を勝ち抜くか。非常に難しい課題である。とくに連投や延長戦を投げ切ると負担が大きい投手についてである。

 昨今は夏の暑さも尋常ではなくなり対応が急がれていたが、今年のセンバツからは1週間に500球の球数制限を実施することになっていた。

 日本高校野球連盟はこれまでにも段階的に策を講じてきた。平成年代でも春夏の甲子園の大会の前にメディカルチェックを行い出場選手の肩や肘の健康状態を確認し、重大な故障を持つ投手の投球を禁止する規定をもうけた。また、トーナメントの過酷な大会を勝ち向くために複数投手の起用・育成を奨励した。指導者たちも先発完投の2本柱を育てることを目指したり、継投策を積極的に取り入れたりしていた。

 こうした規定が実施されて最初の平成6(1994)年第66回選抜を思い出す。大会を制したのは智弁和歌山。名将・高島仁監督の甲子園初制覇の年だった。私にとってもテレビ中継決勝の1回目の担当だったので非常に印象深い。このチームは、右の松野真人、左の笠木伸一の全試合継投だった。選手の健康に配慮しようという動きの中で継投で紫紺の優勝旗をつかんだ智弁和歌山は実に見事だった。

 だが、私の記憶に深くとどまったのは山梨学院大付属の五島裕二投手(オリックスに野手として入団)だった。180センチ81キロ、オーソドックスな右のオーバーハンドのこれぞ本格派というタイプの投げ方だ。ストレートのスピードはほぼ140キロ。当時の球速としては速い方だ。変化球は資料にはカーブとフォークとあった…。

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