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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校野球に学ぶ 昭和を勝ち抜いた広商の知恵(下) 最大の武器“考える力”身に付けた精神修養 (1/3ページ)

 甲子園の高校野球の戦術としてはバントが有効であると誰もが考える。バント戦法は必須であり、ランナーを進めたり返したりするのに成果を上げているのも事実だ。だが、そこに広島商業は“知恵”を加え勝負どころを外さなかった。バントの本家・広島商業が目指し徹底していることは半端ではなかった。

 1988年、昭和最後の夏の全国制覇時の野球部長、野内利夫さんに聞いた。

 「広商のバントとは失敗はあり得ない、成功するものをバントと言う。送りバントなら当然決めなければならないし、その打席内で決めればいいということでもない。サインが出たならそれに従って応える。ボールに手を出してはならない。初球ストライクなら1球で、ツーストライクまで“待て”ならば最後のストライクで決めなければならない。セーフティーバントは内野安打にせねばならない。どれも100%成功が前提です」と言い切っていた。

 さらに「コースや強弱をコントロールし、そぶりを見せたり見せなかったりの演技力もあるから、ツーランスクイズやスリーバントスクイズができるのです。相手に研究されるのも承知の上なので甲子園では1回しか使えない手を失敗したら金属バットの時代に優勝旗はつかめません」。

 自信満々に語る野内元部長の視線は鋭く語り口には迫力を感じた。練習のたまものだったのだろう。

 しかし技術だけではうまくいかないのが甲子園という非日常的な場なのだ。奇襲作戦は仕掛ける方も度胸がいるがこのチームは平然とこなしていた。なぜか? 広商といえば戦前から受け継がれる歴史ある精神修養だ。真剣の上を素足で渡ったたり、米を1粒1粒数えたり、暗闇の中でろうそくの炎をじっと見つめたりして集中力を磨くことに余念がなかった。

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