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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】レスラー輪島、高い格闘センスも無念の引退 捨てきれなかった「相撲の勝負論」 (1/2ページ)

 1986年11月1日、天下の大横綱・輪島大士が一から出直してプロレスラーとして国内デビューした。格闘センスと運動能力の高さはさすがだったが、戦場は丸い土俵から四角いリングへと一変。天下を取った相撲で、体の芯までしみ込んでいた摺り足を忘れることは至難の業だった。

 プロレスではしっかりとリングを踏みしめるのが基本中の基本。加えて転がされれば負けてしまう相撲の勝負論を、なかなか捨てきれなかった。

 投げられたり、倒されると、一瞬だが動きが止まってしまう。妙な間が生まれ、試合の流れが途絶えてしまう。もちろん、根っからの負けず嫌い。必死に努力していたが、プロレスになじめないまま時間が過ぎていった。

 「頑張るだけです」。いつしか、輪島の原稿はこのセリフから始まることが多くなった。「走った」「投げた」…。一挙手一投足で一面を飾っていたのに、徐々に一レスラー扱いになっていく。もちろん「番記者」として取材を重ねていたが、デスクに「輪島が…」と提案しても却下されることが増えていった。

 何気ない雑談から「辞める気かな」という疑念が生まれた。まだまだプロレスをやりつくしてはいないはず。世界王者のベルトも巻いていない。でも…疑惑は膨らむ一方だ。

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