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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校野球に学ぶ 藤川球児は手本(下)“火の玉”だけに頼らない芯の強さ・洞察力・培ってきた技術 最善のアウト取るためのポリシーと1球に込める密度の濃さ (1/4ページ)

 “楽しそうな・理想的な球児”を求めて記憶を呼び起こしてみると1997年夏(79回選手権大会)、藤川球児のもう1試合2回戦の平安(現・龍谷大平安)との対戦が蘇る。平安は大会ナンバーワン左腕の川口知哉(元オリックス)を擁し、打線も強力、優勝候補の筆頭格だった。

 この日は2年生で背番号「9」のエースが甲子園で初めて先発した。胸を張って誇らしげに、目を細めてちょっとまぶしそうに美しく整備されたマウンドに立ち、思い切り振りかぶって真っ向から投げ下ろし堂々と難敵に向かった。0対5という結果から判断すると高知商業としては力及ばずといった印象だが藤川の闘いとしては実に内容が濃かったと思う。展開は初回に4失点、守備の乱れもあり最も難しい立ち上がりに出鼻をくじかれた。しかし、その後は5回に失った1点だけに止めた。この間、プロ注目の川口を敵に回して互角以上にわたり合った。支えていたものは“芯の強さ”と“洞察力”、“培ってきた技術”だ。

 まず1回いきなり味方の2つのエラーや相手に重盗を仕掛けられビッグイニングを作らせてしまった。心が折れて2回以降ボロボロになっても不思議のないところだが立て直した。この芯の強さ。そして、144キロの球速を持ちながら力まかせの勝負はしなかった。試合前から相手を分析して『ストレートだけでは通用しないと思うのでスライダーやフォークも使うつもりです』と冷静に話していた通り、カウントや打席の反応をうかがいながら兄(順一捕手)との共同作業で平安の強打者たちを討ち取っていった。

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