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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】高校野球に学ぶ 名勝負を掘り起こせば(下) V9戦士・柴田と高田を生んだ因縁 (1/3ページ)

 “とっておきの名勝負”の浪商対法政二(1961年夏)を掘り下げるうちに私の最大の興味は“柴田勲と高田繁の出会い”に移っていた。これが、“両校の因縁の対決”や“柴田・尾崎行雄の投げ合い”“法政二の3季連続Vは?”などほかの全てに優先していた。それで高校野球からプロ野球の世界へと心は飛び、回想に入っていった。

 私の野球への道は巨人軍の長嶋茂雄から始まった。野球を全く知らない幼い頃に、“長嶋茂雄”に惹(ひ)かれたのだ。夏のある夜、茶の間でビール片手の父と一緒にナイター中継を何となく眺めていた。そこに映し出された長嶋の姿が、どれだけ不思議で魅惑的だったことか。

 サードを守っていたのだと思う。猛然とダッシュし、ダンスのステップを踏むかのごとくリズミカルに前進して来る。たたきつけられ弾力を持って彼に向かってポーン、ポーンと高く跳ね上がったボールを、腕をいっぱいに伸ばし、左手にはめた茶色の用具で次のバウンドが始まった瞬間にパッシとつかみ取る。そのボールをいつの間にか素手の右手に持ち替え手首だけ使って素早く投げる。

 さらに見せ場が続く。右手はそのまま45度上方に伸び、人さし指と中指がクロスする格好で少しバイブレーションを伴いながら美しく突き出される。ステップはスキップに変わる。男らしい太い眉毛の精悍(せいかん)な顔立ちに笑みをたたえる。とんでもなく躍動的な“人類をはるかに超越した生き物の極致”を目の当たりにしたようなあの感動はいまだに忘れない。

 『今のは何?』と父に聞いたそうだ。ここからだ。私が野球にのめり込んでいったのは。5歳ぐらいだったと思う。長嶋26歳というところか。そして長嶋を追い続け、それに伴って巨人にも詳しくなっていく。ちょうど“9連覇”の時代だった。

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