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【福島良一 メジャーの旅】パドレス移籍のダルビッシュに託された、元ハンバーガー王の夢 (1/2ページ)

 カブスからダルビッシュ有投手に続き、巨人・菅野智之投手も獲得に動いたパドレス。残念ながら交渉は不成立に終わったが、昨年14年ぶりプレーオフ進出の勢いに乗り、オフの大補強もとどまるところを知らない。

 1969年、ナ・リーグの球団数拡張で誕生したものの戦力不足に泣かされて万年最下位。72年半ばに日本帰りのドン・ジマー(元東映)が監督に就任。日本式練習の“トックン(特訓)”を応用したが、わずか2年で不評のまま解任された。

 そこへ74年にマクドナルドの創業者であり、世界最大のファストフードチェーンに仕立てたレイ・クロックがオーナーに就任。相変わらず成績は最下位だったが、前年比約2倍の観客動員数約107万人を記録。初の大台突破を果たした。

 それに大きく貢献したのが「ザ・チキン」だ。地元KGBラジオ局が鶏の着ぐるみを登場させて、球場でコミカルな演技を披露。これが大当たりで一躍人気者となり、球団専属マスコットとして採用。マスコットの草分け的存在となった。

 他にも入場者全員に配られるガラス玉入り紙袋の中に本物のダイヤモンドを混ぜたり、グラウンドにばらまかれたドル札を拾い集めるなど奇抜なアイデアで人気沸騰。これでチームも盛り上がり、75年に初めて最下位から4位に浮上した。

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