記事詳細

【橋上秀樹 セパ興亡30年史(4)】いまではCSの“おまけ”? 第7戦までもつれる熱戦も見られず…価値薄れた「日本一」 (1/2ページ)

 (3)ヤクルトナインの体に染みついた野村ID 耳に残ったボヤきと成功体験

 1992年の日本シリーズで、常勝西武を相手に第7戦まで持ち込めたことはヤクルトにとって自信になったが、悔しさの方が大きかった。翌93年はキャンプ時から「西武に勝って日本一」を目標に掲げ、前年に足りなかったことを課題に掲げて練習をしていた。

 セ・リーグ連覇を果たし、臨んだ西武とのリターンマッチ。第1戦は1回表2死から工藤公康さんを攻めて3点を先制した。その裏、先発の荒木大輔さんが先頭の辻発彦さん、3番の石毛宏典さんに死球をぶつけた。

 後に辻さんは「あのときはわざとぶつけてきたよな」と冗談で言っていたが、荒木さんの球威だとそれぐらい厳しい攻めをしなければ西武打線は抑えられない。その回は清原和博の適時打で1点を失うも、荒木さんの内角攻めの効果で相手打者は踏み込めなくなり、ヤクルトが8-5で先勝。第6戦でも西村龍次が石毛さんに死球をぶつけている。2年連続で7戦目までもつれた末に、ヤクルトはついに西武を破って日本一をつかんだ。

 昨年の日本シリーズで巨人投手陣はソフトバンク打線に対し、柳田悠岐に1つ、周東佑京に2つの死球はあったものの、そこまで内角攻めを徹底できてはいなかった。

 2年連続で顔合わせが同じ日本シリーズは、平成以降だと92、93年のヤクルト-西武、2006、07年の中日-日本ハム、そして19、20年の巨人-ソフトバンクだ。パ・リーグが先勝して翌年にセ・リーグがリターンマッチを制する形が続いたが、昨年の巨人は悔しさを晴らせなかった。

関連ニュース