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【橋上秀樹 セパ興亡30年史(5)】私にサイン盗みの濡れ衣…それほど恐れられていた野村ヤクルト 95年日本Sイチローを封じオリックス圧倒 (1/2ページ)

 (4)いまではCSの“おまけ”? 第7戦までもつれる熱戦も見られず…価値薄れた「日本一」

 1995年の日本シリーズでヤクルトは、イチローを擁するオリックスを4勝1敗で圧倒した。90年代後半はセ・リーグがパ・リーグを上回っていたと言っていい。

 あの頃のヤクルト先発陣は石井一久、山部太、川崎憲次郎、テリー・ブロスらが、パに匹敵するスピードボールを持っていた。対するオリックスは第1戦が40歳の佐藤義則さんで、ほかに野田浩司、星野伸之。難攻不落な投手はいなかった。打者もイチローは別格として田口壮、小川博文が目立つ程度。そこまで怖い打線ではなかった。

 私はバッテリーミーティングに出ていないが、イチロー対策に時間を割いたと聞いている。野村克也監督がテレビや新聞を利用して「イチローは内角に弱点がある」と言って意識させ、「実際は外を攻めた」と後に明かしているが、私は“真相”は別のところにあるとみている。

 第2戦の第2打席、左腕の石井一久がイチローの肩口に死球をぶつけた。何だかんだで、あれが一番大きかったのではないか。実際にぶつけられると響くし、残像は残る。石井の1球で打撃が崩れたのだと思う。

 3連勝で王手をかけ、第4戦は1-1の同点のまま延長11回へ。オリックスの小林宏がオマリーに14球を投じ空振り三振に仕留めた熱戦は有名だが、その際に代走で二塁にいた私はとんだ濡れ衣を着せられた。サイン盗みをするスパイ呼ばわりされてしまったのだ。

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