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【あの名場面の裏側】G戦士編 在籍19年で8度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した阿部慎之助 プロ2年目の活躍に“サヨナラ慎ちゃん”の異名 (1/2ページ)

 プロ2年目の巨人・阿部慎之助の成長、そして活躍ぶりは際立っていた。特に夏場は連日のようにお立ち台に上り「最高でーす!」を東京ドームに響かせた。

 2002年8月11日の広島戦。2点リードされた巨人は9回裏、阿部のヒットを皮切りに同点に追いつくと延長10回裏、先頭の阿部が広島の抑えの切り札・小林幹英の初球をたたく。

 打った瞬間、打席内で飛び跳ねるほど会心の当たり。打球は巨人ファンで埋まる右中間席に伸び、サヨナラホームランとなって4×-3で巨人に勝利を呼び込んだ。

 これは阿部自身初のサヨナラ本塁打となると同時に巨人の東京ドーム通算1000号のメモリアルアーチとなった。

 さらに次のカードの8月15日のヤクルト戦。

 2-2の9回裏、左腕・藤井秀悟からまたまたサヨナラ本塁打。この月に2本のサヨナラ本塁打を打っただけでなく21日の横浜戦では延長10回裏にサヨナラ二塁打を放つなど大爆発、“サヨナラ慎ちゃん”の異名がついたほどだった。

 当時打撃コーチだった篠塚和典は「完全にゾーン入ったというか、どこに投げられても打てる気がしたのではないか。打者にはそういう時期があるが、あの時の慎之助はまさにそうでしたね」と表現した。

 この活躍に笑顔でうなずいていたのが前年限りで監督を勇退した長嶋茂雄だった。ミスターは00年の日本シリーズでダイエーとのON決戦を制し日本一に輝いた。周囲は「いまが勇退の花道」と進言したが「自分の栄誉のためにはそれがいいだろうが、次の監督も日本一にさせねばならない。そのためにはドラフトで阿部を取り、正捕手として育てないと…」とあえて続投。中大時代から強肩、強打の捕手としてシドニー五輪の日本代表にもなった阿部にぞっこんだったのである。

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