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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】50周年の「ドラゴン」藤波 師匠・猪木と正反対の性格とファイトスタイル…「攻めの猪木」に「受けの藤波」 (1/2ページ)

 レスラー人生50周年を迎えた「ドラゴン」藤波辰爾(67)。プロレスラーとしてのテクニックの土台はフロリダの「神様」カール・ゴッチ道場で身につけたが、人間として間近で見てきたのはもちろんアントニオ猪木(78)である。藤波の人生を、猪木抜きでは語れない。

 猪木に憧れ、1970年に日本プロレスに押しかけ入門し、猪木の付き人となった。72年には猪木が立ち上げた新日本プロレス。「まだまだ子供だった俺に自分の考えなんてなかった。周りも俺が猪木さんについていくのは当たり前だと思っていたよね」と振り返る。

 藤波の人生は猪木によって開かれた。別々の道を歩む今でも、猪木の前では「直立不動になる」と苦笑いだが、これからも変わらないだろう。

 「師弟関係」。これほど、猪木と藤波に似合う言葉はない。ただ、生き方は対照的だ。猪木は「迷わず行けよ。行けばわかるさ」と、ひらめきを大切にし、考える前に体で行動する積極的な性格。対して、藤波の座右の銘は「NEVER GIVE UP」。決してあきらめずに粘り強く努力する。もちろん時には果敢に動くが、基本は慎重だ。

 長州力らジャパンプロレス勢が新日本プロレスから離脱したとき、藤波も同行するプランがあった。ジャパンのフロント陣は藤波も加わると自信を持っていた。藤波も悩んだはず。最終的には道場の壁にかけられていた猪木のパネルを前に決断。残留したのは、じっくりと考え抜いた結果だった。

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