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【巨人の事件簿】ミスター巨人・長嶋引退試合の舞台裏 その時、王貞治はたまらずベンチへ駆け込んだ (1/3ページ)

 その日、後楽園球場は朝から人の波であふれた。

 1974年10月14日、巨人の4番打者として17年間数々のドラマを演じてきたミスターG長嶋茂雄の現役引退の日だ。

 2日前の12日に中日のリーグ優勝が決定し、ヤクルト戦(神宮球場)の試合中だった巨人のV10が消滅。試合後、川上哲治監督と記者会見し、翌13日の最終戦の中日戦で引退して、ファンに感謝とお別れの言葉を述べることを表明した。

 その13日の中日とのダブルヘッダーは降雨のため翌14日に順延となった。長嶋の最後の雄姿を見ようとスタンドは5万人の超満員で膨らみ、さらに入りきれないファンが1000人以上球場の外に集まり「長嶋~っ!」と絶叫する騒ぎとなった。

 ダブルヘッダー第1試合は3番サードで出場。対戦相手の中日はナゴヤ市内で優勝パレードがあり、与那嶺要監督、星野仙一、高木守道ら主力選手は上京せず、2軍に近いメンバー。

 巨人にとってはまさに消化試合だったが、観客の熱気は優勝決定試合のように湧きっぱなしだ。長嶋への三塁ゴロが転がっただけで拍手、歓声が飛ぶ。長嶋の打席のときは、前の打者あたりから場内はざわめき、「3番、サード、長嶋」のアナウンスが告げられると一気に爆発する。

 さらに、4回裏の第2打席では村上義則から現役最後、通算444本目の本塁打となる16号2ランを左翼席へ。地鳴りのような歓声に包まれてダイヤモンドを回る長嶋は穏やかな笑顔だった。

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