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【田所龍一 虎番疾風録 Vol.104】「やっとボクも普通の選手に戻れます」小林繁“けじめの一戦” (1/2ページ)

 仲良くなった小林繁に一度「江川(卓)を恨んでます?」と尋ねたことがあった。

 「当たり前だろう。オレの人生をめちゃめちゃにしたんだから」と笑っていた。もちろん冗談である。でも、半分は本音。本当は最後まで「巨人の小林」でいたかったのだと思う。

 昭和46(1971)年、当時、社会人野球「全大丸」のエースだった小林はドラフト前、誘ってくれた球団に「来年7月の都市対抗に出て恩返しがしたいので」と指名を断っていた。それでも巨人が6位で指名。翌昭和47(72)年、宣言通り都市対抗に出場を果たした小林は大会後、待っていてくれた巨人に入団した。

 その年に胸の病気で倒れた父親の進さんが、大の巨人ファンで「おやじの喜ぶ顔が見たかった」というのがその理由だった。そして昭和54(79)年1月31日、「江川騒動」に巻き込まれ、阪神へのトレードを通告された。どうしても納得がいかない小林に「巨人だけがプロじゃないんだ。阪神に望まれているのなら、行きなさい」と背中を押したのが進さんだった。2月1日午前1時30分過ぎ、小林は進さんに2度目の電話を入れた。

 「阪神に決まったよ」

 「そうか」

 「ごめんね。巨人ファンなのに」

 「いいや、ワシは小林繁のファンだよ」