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【神谷光男 スポーツ随想】引退は首をひねることばかり…今度は史上初“誓約書付き親方”白鵬から目が離せない (1/2ページ)

 引退したのに、たった1日違いで番付に名前が残るとか。横綱白鵬の引退は首をひねることばかりだ。引退が相撲協会理事会で承認されたのが9月30日。その前日に開かれた九州場所(11月14日初日、福岡市)の番付編成会議の時点では、引退力士のリストに入っていなかったためだ。

 どうして、こうも杓子定規なのか。番付は会議の翌日から、担当の行司さんが国技館の行司部屋に缶詰めとなって、和紙に隙間なくぎっしりと書き込む。この作業に10日ほどかかるそうだが、引退した白鵬の名前は西横綱の地位に残るというのだ。

 時間的にぎりぎりで引退かどうかはっきりしていないならともかく、印刷に回すまでの時間はたっぷりある。10月1日に引退会見まで開きながら、「白鵬」と書き入れる行司さんも変な気持ちだろうが、実際に番付を手にしたファンもフシギな感じがするだろう。

 そもそも、引退そのものがキツネにつままれたような感じだった。秋場所千秋楽翌日の9月27日に一部スポーツ紙が一面で特ダネ報道。他のメディアが一斉に後追いしたが、当日は師匠も本人も報道陣にはウンもすんもなかったという。

 横綱の引退は、まず師匠を通じて理事長に報告するのが慣例で、直ちに正式な引退届と年寄襲名願を提出し理事会の承認を得る手続きが必要だ。白鵬は当日も翌日も「引退の意向」から前に進まない状態だったとかで、九州場所で珍妙な番付ができたのも無理ない。師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)が弟子を掌握できない能力のなさを露呈したが、後始末ひとつきちんとできなかった本人も情けない限りだ。

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