優しい教え魔 中西太、宮田征典、杉下茂

2010.10.04

 プロ野球の名コーチには優しい教え魔が多い。中西太(近鉄、ヤクルト、阪神などでコーチ)は実績、教え方ともに優れ、熱心さでも特筆される。選手を練習場に連れ出して、何しろ数を打たす。ほとんど口を挟まないから、肝心なことだけを短い言葉で教えているのだろう。選手の信頼も厚い。

 近鉄の打撃コーチのときだ。東京ドームにやってきた中西は打撃練習中の日本ハムのかつての弟子や注目の若手が気になって仕方がない。もちろん他球団だからコーチはできないが、一言か二言はアドバイスしたいという顔をして練習を見ている。

 そこへ教え子のベテラン選手が近寄ってきた。大スランプの彼は周りをはばかるように下を向いたままで中西に小声で質問しだした。中西は困った。違うユニホームだ。ここで教えるわけにはいかない。とはいえ打撃低迷のまな弟子はほおがこけ、救いの一言を待っている。

 中西は周囲を見回して誰も自分を見ていないのを確かめると、短く何か言ってプイと横を向いた。その言葉だけで、ベテランには笑みが戻った。中西に球団の垣根はないらしい。

 宮田征典(故人。巨人、日本ハム、中日などでコーチ)は、いつチームから連絡があってもいいように食事中でもテーブルに携帯を置いていた。

 その携帯が鳴った。教え子かららしい。ハシを置いて話を聞いた宮田は「周りにシャドーピッチングができる場所はあるか。ある? よし、そこで20球投げなさい」と指示して携帯を置いた。宮田の携帯は動画を受信できるタイプではない。どうコーチするのだろう。

 しばらくして携帯から「投げました」との声が聞こえた。宮田は「ひじの位置は耳の高さの上か下か」とたずね、「そうか。では、ひじを5センチ上げて投げなさい。あとはそっちに行ったときに見るから」と言って携帯を切った。

 このとき宮田は巨人のコーチだ。どの球団の誰を教えたのだろう。頼られると、宮田にも球団の垣根はなかった。

 杉下茂(阪神、巨人、西武などでコーチ)は「フォークボールの伝道師」と呼んでいい。プロ野球でフォークを投げる投手のほとんどは杉下の弟子か孫弟子だ。

 数年前の春のキャンプでのことだ。中日のブルペンに、ユニホーム姿でコーチしている杉下がいた。臨時コーチを頼まれたのだ。翌日、横浜の室内練習場をのぞくと、そこでも杉下が横浜のウインドブレーカーを着て、選手にフォークの握り方から投げ方まで教えていた。横浜にも頼まれて、掛け持ちしていたらしい。一週間後、宮崎に行くと、そこでも巨人の投手に…。フォークの神様にも球団の垣根はない。

 杉下には川上哲治(巨人)にフォークの握りを見せてから投げたという伝説がある。「プロ最高打者への挑戦(挑発?)」と言われるが、当時の投手は直球かカーブで勝負したから、杉下には「魔球」を投げる後ろめたさがあったのではないだろうか。

 杉下に確かめると「打者が打てない球を投げるのはフェアではないからね」とポツリと言った。すごい言葉だが、昭和29年、巨人に11勝して(シーズン32勝)優勝したから裏づけはある。

 中西も杉下、宮田も求められれば断らずにコーチしてその技を後輩に伝え、それはファンにもより面白い野球を伝えることになった。

 ■工藤健策(くどう・けんさく) ラジオ局でアナウンサー、ディレクターとして野球、サッカーなどを取材。現在は著述業。著書に「野村克也は本当に名将か」「プロ野球誤審の真相」(草思社)「信長は本当に名将だったのか」(河出文庫)など。

 

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